電話をかけることは本当に悪であるのか。
最近、IT界隈の人の間で「電話はよくない。人の時間を奪いすぎるからだ。メールで構わない。」という意見を聞くことが多い。
特に、ホリエモンが言っていたのが印象深い。
説得力はかなりある。電話は人がしていることを遮ってくるし、ほしい情報は口頭になるので、口約束になってしまったり、どうせ後でメールでログをとらなければいけないなど、二度手間になって不効率だったりする。
私は、以前電話営業のアルバイトをしていた。私はどちらかというと、「メールで構わない連絡をわざわざ電話でする必要があるか。」と思っていたし、電話で相手の忙しい時間を奪ってしまうのも申し訳なく感じていた。
しかし、私が働いていた業界は、アナログの人が多く、メールを送っても見ていなかったり、ファイルをメールで送信するよりもFAXを好む人が多かった。
年配の人に至っては、「ネットのことなんてよくわからないよ。そんなのは若い人に任せているからさ。」と学習意欲ゼロの発言をする人もいた。
まあ、一理ある。経営者でない限り、すべてを把握する必要はなくて、不得意なものは得意な人に任せて、自分は一切関与しなくても良いかもしれない。
また、電話で声を聴くことは相手にとっても信頼につながるようで、メールを打つのは億劫だったとしても、電話でなら話してくれる人もいた。
私が言いたいのは、重要なのは、すべて効率化に走るのではなく、適切な方法を適切な人々に取るということである。
ホリエモンに電話をかけたら怒られるかもしれない。
でも、超アナログな人はメールより電話を好む人はまだまだ多くいる。
それに、誰もがIT界隈の人々のようにシャープな頭を持ち、あふれている選択肢から後悔のないものを選ぶことができるとは限らない。
人にはそれぞれ合った方法があるのである。
私は、情報化社会に遅れている人を非難するつもりはない、便利だと思えば新しいテクノロジーを使えばいいし、今でもFAXのほうが便利だと思うならそれを使えばいいと思う。
しかし、現在は新しいテクノロジーについていけない人=遅れている、頭が悪い、柔軟性がない。と思われてしまいがちである。
私は、どちらかというとアナログの人を非難する人のほうが柔軟性がないのではないかと思うのである。
メールやチャットの時代であり、電話は超非効率かもしれない。でも、相手がそれを好む限り、電話するべきであるし、相手が電話をしたいのであれば、それを受け入れる柔軟性も必要である。